まろんのつれづれなるままに(60歳までには・・・)

子育て終了。60歳までにはすっきりした暮らしかつ人生の整理も・・・

2日目はアクエリアス

何しろ親子ともども鼻かぜで遠出が出来ない


28日2日目はまずカワチでアクエリアス2ケース


861円(去年より1本あたり5円ほど高い)


これはマンボウくんのバドミントン用


どんさん亭
あらびきハンバーグとビーフシチューのセット 1738円
(6月初旬までの期間限定)


ココのデミグラは美味しい
あらびきは私の口には合わないけど、ソースがいろいろ楽しめたので飽きなかった


月替わり炊き込みが、「たけこの」と店頭に貼ってあったのに、
なぜか「鳥ごぼう」が出てきた



シャトレーゼ
マダガスタルアイスクリーム



以上去年と同じお店コース

GW初日から風邪!

昨日、GW初日から鼻かぜ


マンボウくんのがうつったんだ


マンボウくんは10連休だけど、
先駆けて1日有休を取って医者に行った


馬鹿は風邪をひかないっていうけど、
こんなバカ社員で会社は大変である


去年と一昨年の家計簿ひっくり返して、
GWのご飯計画を立てる


昨日はかつはな亭


帰宅後、ベッドでウトウトしていたら・・・
「三越伊勢丹ですが、去年お取り寄せした・・・」


「風邪で寝ているんですけど」
思い切り不機嫌な声を出したら


「まあ、それは大変ですね。お大事に。。。」
優しく切られた


うつした張本人のマンボウくんが、
平気でわたしの分のヒレカツまでワシワシ食べて、
あげくに
「お腹出して寝ていたからだよ」
さりげなく自己責任に転嫁するのとはえらい違いだ

珍しい名字

私が高校1年生の後半、
半年くらい付き合った元彼が、全国でも珍しい名字でした


群馬県で2軒、彼の家と伯父さんの家


全国でも50軒ほどだそうです(彼が言っていた)


ただ私はそう変わった名字には思わなかった
(少なくとも「宝島」の方が珍しいと思う)



漢字三文字で、
1番目と二番目の組み合わせならよくある名前
1番目と3番目でもあるかな?という苗字


彼は公務員になったけど、
同じ苗字の彼の弟さんはなぜか芸能人になって、
名字を検索しただけでズラズラ出てきて特定されるのでココには書きません



ちなみに私たち俗にいう三角関係で、
その珍しい名字の元彼と別れたあとに、彼の親友と高校時代は付き合っていたので、
お互いに思い出したくないと思うわ

奇妙な偶然

書いているうちに思い出したんだけど、


宝島のおじさんの最後(最後の方?)の単身赴任先が、


那須塩原だか那須方面だったんだよね


国鉄職員だから全国各地に行くんだろうけど、
よしこおばちゃんはずっと東京にいたような気がする


わたし、自分の受験の時に泊めてもらったりしたもの



おじさんはずいぶん前に死んじゃってるし、
おばさんとも数年前から連絡取れなくなっているから亡くなったと思うけど


コロナ前に横山真弥の作品展に行った帰り、古河庭園でバラを見た


「目と鼻の先に来て、なぜウチに寄らない!」


怒られたのが最後だった


古河庭園は駅から下る、おばちゃんの家は駅から上り


時間がなくて行かなかったが、寄って話をすればよかった


駅から数分なのに


年寄りは元気でいても時間が短い。。。

変わった名字

那須の焼死殺人事件


被害者の名前が「宝島」といった名字で


‘変わっている’‘外国人が勝手に縁起が良い名を付けたんじゃないか?’


と言われていますが、


そんなことはありません!


70年以上も交流のあった母の親友の嫁ぎ先がこの名字


ご主人は旧国鉄勤務一すじで純粋なる日本人



被害者の年齢が55歳なので、
息子さんたちもその子どもたちにも該当者はいない


しいて考えられるとすれば、ご主人のお姉さんのお孫さん系かな?


 栃木県那須町の山間部で全身が焼けた男女2人の遺体が見つかった事件で、いずれも頭にはポリエチレン製とみられる袋がかぶせられ、その上から粘着テープが巻かれた状態だったことが18日、捜査関係者への取材で分かった。2人は首を圧迫されるなどして死亡しており、県警捜査本部は殺人事件を視野に調べる。
 県警によると、男性は本籍が東京都台東区の宝島龍太郎さん(55)。女性は40~60歳くらいで身元は分かっておらず、頭部の骨折も確認された。



戦後数年、高崎市の烏川の河川敷で親友3人で寝転んで・・・
「わたし、結婚して東京に行くことになった」(宝島のおばさん)


「アタシも東京に行って働く」(おばさん)


「じゃあアタシも行くわ」(母)


家に帰ってすぐ下の弟に
「お前、大学行くの?」(母)


このとき母の兄はすでに中央大学に行っていた


「姉さんが行きたいのなら僕は良いよ」(叔父)


母の実家は駅前のそこそこの商家だったが、戦後それほど経ってない時期に、
子ども3人をいっぺんに東京の大学にやるほどの余裕はなかった


「じゃあアタシが行くね」(母)


母よりずっと賢かった(成績が良かった)叔父


4人兄弟の唯一の女の子の母には誰も逆らえなかった。。。